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コラム伝道 / 「専門用語=宇宙語と避ける前に・・・」

法話のあり方について「聞き手にわかりやすいように易しい言葉で語りましょう。初めて聞く人にとって専門用語は宇宙語ですよ。」と言われるのをよく耳にする。これは、法話をする上で大切な視点である。ただ専門用語を避けるようになると、考えものでもある。自分自身でも思い当たるところだが、専門用語を避けようとするあまりに、話の内容が薄く、味のないものになっていることがある。

自分自身のそのような法話を振り返るに、「専門用語=宇宙語」と専門用語に法話の善し悪しをなすり付け、避けている姿勢が問題であるようにも思える。法話が伝わりにくい現状があるとするならば、その原因はどこにあるのか。その原因を法話者自身の外に置く限り、その現状は変わらないだろう。専門用語が悪いのではなく、それを使う法話者自身が問われている問題だからである。

私が中学生の頃、洋楽が好きだった。中学生の私にとって、英語は宇宙語であった。歌詞を理解して聴いていたわけではないと思う。しかし、洋楽に没頭しCDを買い漁り音楽雑誌を買い漁り、誰からも頼まれてはいないが、ジャンルや音楽背景を勉強したり評したりしたものである。その当時を振り返るに、英語という私にとっての宇宙語は、何ら妨げにはなっていないのである。例え言葉が分からなくても、音楽の魅力が、日常つねに音楽と向き合い、努力し、音楽漬けになっているミュージシャンの放つ味や香りのようなものとなって、私を虜にしたのであろう。

話題を戻して、法話者も同じく、日常の中でご法義と向き合い、ご法義漬けとなった法話者が放つ味や香りの中に、伝わるものがあるのではないだろうか。日頃からご法義を咀嚼し味わい、その味をお伝えするのが法話である。例え、聞き手にとって難解な言葉が多く出てきても何故か聞けてしまうという法話に、私は出会ったことがある。分かりやすい表現が直接なくても、前後の脈絡から伝わることもある。法話者自身の日頃の味わいが、そこにあるからではないだろうか。

専門用語をひけらかし、教えてやろうという態度、姿勢では伝わらないのかもしれない。また専門用語は難しいと、日頃から避けている態度、姿勢も味がなく物足りないかもしれない。どこまでいっても法話をとおして法話者自身が問われているのだということを忘れてはいけないと思う。日頃からご法義を味わい、ご法義に漬かった法話者自身が放つ味や香りの大切さを実感している。

2010/04 伝道部布教研究専従職員 郡浦智明