(7)伊蘭林に生える牛頭栴檀
伊蘭林の方四十由旬ならんに、一科の牛頭栴檀あり。根芽ありといへどもなほいまだ土を出でざるに、その伊蘭林ただ臭くして香ばしきことなし。もしその華菓を噉することあらば、狂を発して死せん。後の時に栴檀の根芽やうやく生長して、わづかに樹にならんとす。香気昌盛にして、つひによくこの林を改変してあまねくみな香美ならしむ。衆生見るものみな希有の心を生ぜんがごとし
(行文類、註釈版160頁)
【概要】
- ・釈尊が父親の浄飯王に対し、念仏の功徳についてお説きになる際に用いられたたとえです。悪臭を放つ「伊蘭の林」に牛頭栴檀がたったの一本生えることで、かぐわしい林に変えられる、と示されています。
- ・ここで「伊蘭の林」は衆生の三毒や三障などの罪、「牛頭栴檀」は衆生の念仏の心にたとえられます。そして、一声の念仏の功徳によって、すべての罪障を断つことができることが説かれているのです。
【解説】
- ・伊蘭とはトウダイグサ科のトウゴマのことで、悪臭を放つ毒草です。その悪臭は、四十由旬(一説に依ると約450キロメートル)離れたところからも臭うといわれています。その伊蘭が四十由旬四方に茂っている「伊蘭林」ですから、想像を絶する臭いです。しかも、伊蘭はその花や実を食べようものなら、死んでしまうほどの毒をもつといわれます。
- ・衆生は、この「伊蘭林」にたとえられるほどの数限りない重い罪として、三毒といわれる、貪欲(むさぼり)・瞋恚(いかり)・愚痴(おろかさ)や、三障といわれる、さとりへの道をさまたげ善心を害する惑(煩悩)・業(悪業)・苦(惑と業の果報)を持っているのです。
- ・牛頭栴檀とはビャクダンのことで、インドに生育する、栴檀の中でも最も香気が強い銅赤色の樹木です。香気があり、長く朽ちないため、古来より、仏像や殿堂、香水の原料として用いられてきました。ここでは、衆生の念仏の心にたとえられています。
- ・一声の念仏の功徳は、一本の牛頭栴檀の樹が四十由旬四方の伊蘭林をかぐわしい林に変えたように、衆生の数限りない重い罪を、すべて断つことができるのです。
【補足】
- ・このたとえは、『安楽集』に引用されている『観仏三昧経』にでてくるたとえです。
- ・親鸞聖人は、念仏をよろこぶ人を香りの染みこんだ人であると、『浄土和讃』(註釈版577頁)に讃えておられます。
染香人のその身には 香気あるがごとくなり
これをすなはちなづけてぞ 香光荘厳とまうすなる