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讃題の例と解説 / 解説11

平等心をうるときを 一子地となづけたり

一子地は仏性なり 安養にいたりてさとるべし

(浄土和讃、註釈版573頁)

現代語訳

すべてのものを分け隔てなく見る心を得る境地を、あらゆるものをひとり子のように哀れむ一子地と申しあげる。この一子地は仏性である。浄土に至ってはじめてさとることができる。

(『三帖和讃(現代語版)』54頁)

全体の味わい

阿弥陀如来の建立された浄土についてその徳を讃嘆するなか、浄土で往生人が得る証果についての和讃です。ここでは、「一子地」という『涅槃経』の言葉によって利他の側面を讃えています。

私たち念仏者は、迷いの世界にいる間、煩悩にまみれていて本当の慈悲の心を起すことができません。しかしながら、阿弥陀如来の浄土に往生した後は、「一子地」と言われる阿弥陀如来と同じ慈悲の心を得ることができるのです。

「平等心」や「一子地」という表現から、阿弥陀如来の慈悲の心や先立って往生された方の心について味わわせていただきましょう。

み教えのポイント

諸経讃が示された意図

  • ・この和讃は『浄土和讃』のなか、諸経讃の一首。
  • ・諸経讃とは、浄土三部経以外の代表的な大乗経典によって、阿弥陀如来の徳を讃嘆される和讃のことである。
  • ・この和讃は、『涅槃経』の文に依って、阿弥陀如来の徳が讃嘆される。
  • ・親鸞聖人が諸経讃を示された意図は、浄土三部経以外の経典においても、その根底に阿弥陀如来の救いについて説かれていることを明らかにすることにある。

一子地は仏のさとりの境地

  • ・「一子地」の左訓には、「三がいのしゅじゃうをわがひとりごとおもふことをうるを、ゐちしぢといふなり(三界の衆生をわがひとり子とおもふことを得るを一子地といふなり)」と示されている。
  • ・一子地とは、平等の慈悲から十方の衆生の一人ひとりを、あたかもひとり子であるかのように思う心を得る境地のことをいう。

法話作成のヒント

浄土でのさとりの内容

  • ・真実信心の念仏者は、いままさに仏性としての阿弥陀如来の慈悲の心をいただいているからこそ、安養浄土へ往生することができるのです。
  • ・いま阿弥陀如来よりいただいている信心によって往生するのですから、浄土へ往生したと同時に、阿弥陀如来と同じ慈悲の心を得ることができるのです。
  • ・阿弥陀如来の浄土へ往生した者は、阿弥陀如来と同じように、迷いの衆生の一人ひとりをひとり子のように思い願う心を得るのです。

「平等心」から阿弥陀如来の慈悲を味わう

  • ・この和讃には浄土で得るさとりの内容が「平等心」と表現されています。この「平等心」から阿弥陀如来の慈悲を味わうことができます。
  • ・さとりの内容が「平等心」と表現されるように、阿弥陀如来の衆生を救わんとするはたらきは、私たち一人ひとりに等しく届いているのです。
  • ・阿弥陀如来は、全ての者を救おうとして下さる慈悲の心をお持ちだからこそ、とくに救われ難い者を救いの目当てとして下さるのです。

「一子地」から阿弥陀如来の慈悲を味わう

  • ・この和讃の「一子地」から阿弥陀如来の慈悲を味わうことができます。
  • ・阿弥陀如来の慈悲は、私たち一人ひとりをひとり子のように思い願って下さいます。一人ひとりをかけがえのない子として見て下さる親心を通して、阿弥陀如来が私をどのように思い願って下さっているのか味わわせていただきましょう。
  • ・親鸞聖人は、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり」(『歎異抄』、註釈版853頁)と阿弥陀如来の慈悲をご自身にこそ向けられていると味わわれました。

語釈

  1. 一子地…『涅槃経』の文に依る。
    仏性は一子地と名づく。なにをもつてのゆゑに、一子地の因縁をもつてのゆゑに菩薩はすなはち一切衆生において平等心を得たり。一切衆生は、つひにさだめてまさに一子地を得べきがゆゑに、このゆゑに説きて一切衆生悉有仏性といふなり。一子地はすなはちこれ仏性なり、仏性はすなはちこれ如来なり。(大正蔵12、556頁)
  2. 安養…阿弥陀如来の極楽浄土。