いくら経験を重ねても、法座のオープニングは緊張するものである。
「演台に立って、あまりに緊張するようなら、最近の出来事のなかで一番うれしかったことを話すといいよ」
住職課程の時、先生がそう教えてくださった。
緊張で迎えた法座の演台で、この言葉の通りうれしかった話をしてみた。
誕生して一歳六ヶ月になる息子はまだ、口を開かない。
早く言葉を口にして欲しいと、パパだよパパだよと声をかけ、心配する気持ちでいっぱいであった。
そんなある夜、ベビーベッドから満面の笑みとともに息子は口を開いた。
第一声は「ママ」であった。
少しがっかりした。
しかし、となりには涙を流しながら喜ぶ、連れ合いの顔があった。
やっぱり、すごくうれしかった。
「うれしかったこと」を思うまま、自然に話した。
話しているうちに、私の表情にも緊張が解け、笑顔が戻っている。
法話会場もいつの間にか、あたたかい雰囲気につつまれていた。
緊張しているのは私だけではなかった。お同行も緊張されていたのだ。
もしかすると、私の緊張がお同行に伝わって、かえってお同行を緊張させてしまっていたのかもしれない。
「うれしかったこと」を話すことは、私の緊張をほぐしてくれる。
そして、私がリラックスできると、自然にお同行の緊張もほぐれてくる。
私が「うれしかったこと」を素直にそのまま口にするだけで、法話会場の一体感が作り上げられていた。
法座の席で、あまりに緊張してしまうようなら、自らが実際に経験した「うれしかったこと」を話してみてはいかがだろう。
きっと、会場全体がリラックスした、あたたかい雰囲気のお取り次ぎの場になるのではないだろうか。