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三木清遺稿「親鸞」 死と伝統について
本の紹介
  • 子安 宣邦 (こやす のぶゆき) 編著
  • 出版社・取扱者 : 白澤社
  • 発行年月 : 2017年9月30日
  • 本体価格 : 本体1,600円+税

序  遺稿「親鸞」から三木清を読む(子安宣邦)
一   親鸞(三木清)
二   死について(三木清『人生論ノート』より)
三   孤独について(三木清『人生論ノート』より)
四   宗教について(三木清「手記」より)
附録 1 伝統論(三木清)
   2 死と教養について(三木清)
結語 三木の死と遺稿「親鸞」の生命(子安宣邦)

恥ずかしながら評者は、三木清について「西田幾多郎に師事し、ドイツ留学ではハイデッガーにも学んだ哲学者で、『歎異抄』に影響を受けた人」というほどの知識しか持っていなかった。本書が出版されたときも、「三木清という哲学者が親鸞聖人をどのように語っているのか、ちょっと読んでみよう」という軽い気持ちで手に取った。結果、希有なる一冊に出会えたことを喜んでいる。

三木清は近衛首相を支えるブレイン集団「昭和研究会」の有力なメンバーであり、日本が太平洋戦争に向かっていった時期の、日本の論壇における寵児であった。しかし、昭和20年の日本が終戦を迎えて間もない9月26日、三木は東京中野の豊多摩刑務所で獄死する。48歳であった。彼の死後、疎開先の埼玉県鷲宮町の住居から発見された未定稿、それが遺稿「親鸞」である。

この遺稿「親鸞」は、現在『三木清全集』などによって読むことができるが、本書には他にはない独自性がある。それは、遺稿「親鸞」を通して三木清と出会った、子安宣邦の体験の物語として編まれているということである。

子安は三木について、「私の中にあったのは時流、時局の中であらた才能を使い果たしていった三木という哲学者の無残な姿だけであった」(6ページ)と述べるように、ほとんど関心を持たなかったという。その子安が、「歎異抄の近代」論という自身の研究の過程で三木の遺稿「親鸞」に出会い、深い感銘を受けるのである。

子安は遺稿「親鸞」を、「三木自身のための親鸞論」であり「〈私的〉な性格を持った著作」(11ページ)であると評する。〈私的〉とは、三木にとって「自己の人間と生のあり方への反省に立つものである」(同ページ)ということである。つまりここには、昭和の戦前戦中という激動の時代を生きた三木清という人間において体験された宗教があらわされているということができる。そして、それは三木個人の体験で終わるものではない。三木は親鸞聖人の思想について、「悉く自己の体験によって裏打ちされている」(23ページ)という。つまり、阿弥陀如来の本願という真実に照らされて、末法内存在の凡愚であることを自己の体験として生きた親鸞聖人、その親鸞聖人の思想を自分自身の生の出来事として体験的に受けとめ、遺稿「親鸞」を著した三木清、その遺稿「親鸞」を通して三木と出会った体験を一冊の書物として世に送りたした子安宣邦、さらには、評者もまた、本書を読み終えたとき、親鸞聖人の思想を自分自身に寄せて体験的に受けとめようとする思いを持った。本書は、そのように幾重にも重なる「体験」によって貫かれているように思われた。


評者:芝原 弘記(浄土真宗本願寺派総合研究所研究員)


掲載日:2018年5月10日