- 出版社・取扱者 : 淡交社
- 発行年月 : 2010年2月13日
- 本体価格 : 本体3,600円+税
目 次 |
[上巻] 延暦寺 延暦寺 わが心のふるさと(瀬戸内 寂聴) 三千院 花浄土(黛 まどか) 寂光院 大原、小浜、男鹿半島(坪内 稔典) 鞍馬寺 晶子が愛した気の山(道浦 母都子) 曼殊院 空中の美味(赤瀬川 原平) 大徳寺 墨絵の寺(千 宗室) 相國寺 般若林に青年僧が集う日(真野 響子) 建仁寺 静寂の促し(竹西 寛子) 六波羅蜜寺 六波羅蜜寺を訪ねて(高城 修三) 西本願寺 わが心の大屋根(五木 寛之) 東本願寺 本願寺と日本人(井沢 元彦) 金閣寺 華麗なる権力と美の力(梅原 猛) 龍安寺 石庭素描(杉本 秀太郎) 等持院 等持院今昔物語(今谷 明) 妙心寺 妙心寺松籟(長田 弘) 仁和寺 仁和寺の懐に抱かれて(草野 満代) 大覚寺 嵯峨天皇のいのり、空海のおもかげ(山折 哲雄) 清凉寺 五台山 清凉寺(瀬戸内 寂聴) 神護寺 つづいてゆくもの(川上 弘美) 高山寺 高山寺探訪 残り紅葉まで(阿川 佐和子) 著者略歴 掲載寺院所在地 広域マップ [下巻] 銀閣寺 銀閣寺 心ひとつの輝き(久我なつみ) 法然院 生かされている私たち(道浦 母都子) 禅林寺 終わり思うぞ嬉しかりける(安部 龍太郎) 南禅寺 南禅寺 回想にふける(児玉 清) 青蓮院 青蓮院 現在・過去・未来(藤本 義一) 知恩院 知恩院と私(浅田 次郎) 高台寺 ねがひ(飯星 景子) 清水寺 清水寺……きよみずさんのこと(田辺 聖子) 妙法院・三十三間堂 京都に居ることが分った。(みうら じゅん) 智積院 剥落の中に発見した等伯の近代性(横尾 忠則) 泉涌寺 御寺の風格(芳賀 徹) 東福寺 東福寺散策(檀 ふみ) 東寺 立体曼荼羅の寺(梅原 猛) 天龍寺 天龍の大慈(玄侑 宗久) 西芳寺 生きとし生けるもの集う(下重 暁子) 醍醐寺 花の寺、水の寺に歴史を重ねて(永井 路子) 法界寺 法界寺 あるいは民俗にささえられた寺(井上 章一) 萬福寺 黄檗宗あれこれのこと(夢枕 獏) 平等院 古今平等院(志村 ふくみ) 浄瑠璃寺 美と切実 浄瑠璃寺参拝(立松 和平) 著者略歴 掲載寺院所在地 広域マップ |
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本書は、淡交社が2006~2009年にかけて出版した『新版 古寺巡礼 京都』(全40冊)の各冊に付された巻頭エッセイをまとめ、上下2巻に分けて収録したものである。
京都の由緒ある寺院40を選んで、名の知られた作家や詩人、俳優などに、関心のある寺院を担当してもらって、その寺院への思いを書いてもらった文章がまとめて収載されている。かつて訪ねた思い出にちなんで書かれたものもあり、その寺院の由来や建築構造などを中心に解説したものもありで、切り口はそれぞれであるが、いずれも力作で、帯の文章が言うように「珠玉のエッセイ」ばかりである。読めばその寺院を彷彿とさせるだけでなく、著者がその寺院との出遇によって啓発された思索の世界に引き込まれてしまう。とても一つひとつの文を評することはできないので、それは省略するが、読みすすめると、いつしか京都の主要寺院を紙面にて巡礼し尽くすことになろう。
今、仏像ブーム、古寺巡拝ブームが起きている。喧噪の現代社会に疲れて、閑かな、しかも昔の姿をそのままに残す古寺を訪れてみたい気持ちにかられるからであろう。著者の一人は言う。「寺院のもつ静謐さや閑かさに自分の心が洗われるようだ」と。殺伐とした混迷の世相が、私たちの人間としてのあり方を忘れさせてしまっていることは確かだ。もはや本来の人間としての自分がどのようなものであるのかも分からなくなっていると言っていい。ひとときでも古寺の静寂の空間に身を置き、わが心をふり返って、現在の自分と本来の自分との落差を露呈させてみることは、たんなる趣味の世界にとどまらず、現代の私たちにとって時として必要なことではあるまいか。
仏教の教えをいかに科学時代に生きる現代の人々に伝えるか。評者を含めてわれわれ既成仏教教団に属すものの直面する大きな課題である。いろいろな方策が試されているが、本書を読みすすめるうちに、「古寺の静寂」そのものが大きな説法の役割をはたしていることに気がついた。喧噪の日常と隔絶した古寺の静謐のなかに身を置くとき、わが心のみにくさや愚かさが増幅されて見えてくる。そのことがすでに仏法がはたらいている証拠である。古寺は、決して死んではいない。今、説法しつづけているのだ。