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仏教と音楽
一般に仏教音楽とは、伝統的な声明(しょうみょう)や雅楽(ががく)など、仏教に関係する音楽のことをいいます。しかし、浄土真宗本願寺派では、西洋音楽のスタイルに依った仏教に関係する音楽全般を、伝統的な声明や雅楽と区別して、「仏教音楽」と呼ぶ慣習があります。
そもそも仏教は、その誕生から今日まで、時代や地域に根ざしたさまざまな芸能文化とともにあゆんできました。なかでも音楽は、時代や地域を問わず仏教と密接な関係にあり、これまでにも多様な仏教の音楽が生まれています。日本においては、伝統的な声明や雅楽などが、その代表的なものといえるでしょう。
しかし明治以降の近代日本仏教界では、浄土系教団を中心に西洋音楽のスタイルで書かれた楽曲が誕生し、新しい時代の文化として受け入れられてきました。昨今、その新たな仏教音楽は、近代以降の日本仏教界に生まれた数少ない独自文化のひとつとして評価されると同時に、伝道教化(きょうか)活動には欠くことのできないものとなっています。
本願寺派の仏教讃歌
今日、本願寺派で演奏されている仏教音楽のひとつに、「仏教讃歌」と呼ばれるものがあります。その多くは、門信徒によって世に送り出され、時と場を共にする門信徒が、一緒に歌うことによって盛り上がりを見せてきました。そうした背景のひとつには、明治以降に日本社会の音楽が西洋化したことがあげられます。つまり仏教讃歌は、伝統的な邦楽よりも西洋音楽に慣れ親しんだ門信徒の間で、親しみやすく歌いやすいものとして受け入れられてきたのです。かつて親鸞聖人は、今様(いまよう)*1という当時の流行歌(はやりうた)形式で歌われることを念頭に、御和讃(ごわさん)をお書きになったといわれています。仏教讃歌は、まさにその現代版といってよいでしょう。
また、浄土真宗本願寺派では、法要や儀式をはじめ、季節の行事、教化団体の活動など、門信徒の皆さんが集う機会が数多くあり、その際には必ずといってよいほど仏教讃歌が歌われます。そしてひとつの場に集い、一緒に仏教讃歌をうたうことで、信仰を同じくする者同士が歓びをわかちあい、結果として絆(きずな)が結ばれ、強化されていくのです。
なお、浄土真宗本願寺派でよく歌われる仏教讃歌は、当研究所の仏教音楽・儀礼研究室編纂による『仏教讃歌-歌集』に収録されています。
*1 親鸞聖人在世時に流行した音楽形式のひとつで、七五調の四行詩に依っています。
「仏教讃歌」と「声明・雅楽」
このように本願寺派は、西洋音楽を積極的に採り入れてきた教団ですが、今日その音楽のすべてが西洋化している訳ではありません。門信徒の歌う音楽が西洋化してきた一方で、今日でも寺院における法要や儀式の多くは、伝統的な邦楽に分類される声明や雅楽で構成されており、これら無くしては成り立ちません。その理由は、西洋近代化の進んだ現代においても、寺院の建築や荘厳(しょうごん)、そして僧侶の衣体(えたい)など、多くの面で伝統的なスタイルが継承されているように、声明や雅楽にも、それらの有する伝統的な価値が見出されているからです。このように、明治以降の本願寺派では、法要や儀式においては伝統的な声明や雅楽が、門信徒が法要や儀式以外で集う場面では仏教讃歌が、それぞれの役割を担ってきたのです。
「音楽法要」と「音楽礼拝」
また門信徒が集う機会に仏教讃歌を歌うことが定着してきた20世紀中葉には、仏教讃歌を依用(えよう)したおつとめを望む声が聞かれるようになりました。具体的には、第二次世界大戦後間もなく、宗門関係学校の京都女子大学や相愛女子大学(現・相愛大学)などで、西洋音楽を用いた新しいスタイルのおつとめ(音楽礼拝(らいはい))が行われるようになったことが挙げられます。その流れは、お寺に戻った卒業生を中心に、さらに仏教婦人会活動や寺院附設の幼稚園・保育園を通して広がりを見せることとなりました。
さらに、時を同じくして、法要や儀式における大衆唱和の重要性がクローズアップされはじめます。その結果、音楽法要*2と呼ばれる、「参拝者の慣れ親しんだ西洋音楽」に依った作法が制定され、法要でも依用されるようになりました(浄土真宗本願寺派で制定された音楽法要と音楽礼拝については、本ページ末の資料「浄土真宗本願寺派で制定された音楽法要・音楽礼拝」を参照ください)。
ちなみに、先の親鸞聖人750回大遠忌(だいおんき)法要では、本山本願寺における全法要の約半分が、西洋音楽を依用した『宗祖讃仰(さんごう)作法 第三種』によって勤められました。とはいえ、その音楽法要は、単に門信徒が親しみやすいという理由から西洋音楽を導入しただけではなく、同時に伝統的な声明や雅楽の有する情緒をも念頭におき、法要としての違和感をもたらさないための配慮(雅楽器の併用など)もなされています。つまり、『宗祖讃仰作法 第三種』では、音楽面において、伝統的な邦楽と西洋音楽のバランスが重視されているのです。
*2 私たちの宗門では、慣例として、西洋音楽を依用(えよう)したおつとめのうち、法要にあたるものを「音楽法要」、それ以外のおつとめ(勤行・礼拝(らいはい))を「音楽礼拝」といいます。
『聖歌・讃歌集』の紹介
このような約150年の仏教音楽の歴史で生まれてきた楽曲は、当研究所の仏教音楽・儀礼研究室において編纂された『聖歌・讃歌集』(現在第6巻まで刊行)で知ることができます。この楽譜集は、これまで発表されてきた作品を楽譜として遺す、という資料的意味と同時に、宗門において基準となる楽譜を提示する、という目的から、学術的な史料批判に基づいた校訂版となっており、編纂にあたっては、専門的な知識を有する研究者の協力のもと、作品ごとに作詞者および作曲者による原本(あるいはそれと同等の資料)にまでさかのぼって、検討されています。
なお既刊分の内容は下記のとおりです。
『聖歌・讃歌集』
【第1巻】39作品 音楽法要・音楽礼拝・ご和讃に旋律を付したもの
【第2巻】57作品 仏さまや親鸞聖人を讃えるもの
【第3巻】41作品 仏教行事・通過儀礼に関わるもの
【第4巻】48作品 教化団体の発表曲や日々の生活を歌ったもの
【第5巻】48作品 仏教徒の喜びや、生命を主題とするもの
【第6巻】45作品 御同朋などを主題とするもの・BGM用の器楽曲など
資料 浄土真宗本願寺派で制定された音楽法要・音楽礼拝
宗祖降誕奉讃法要
相愛女子大学(現・相愛大学)で行われていた西洋音楽によるおつとめをもとに、重誓偈(じゅうせいげ)を中心とする音楽法要として、1963年に制定されました。今日では、本山本願寺の親鸞聖人降誕会(ごうたんえ)法要の作法として依用(えよう)されており、行事鐘(ぎょうじしょう)から諸僧の退出まで、途絶えることなく伴奏のオルガンの音色が響きます。類似の作法に、蓮如上人500回遠忌(おんき)法要(1998年)に際して制定された『音楽法要重誓偈作法』があります。
【構成曲】「入堂楽(にゅうどうがく)」、「讃歌《いちいちのはな》」、「登礼楽(とうらいがく)」、「至心礼(ししんらい)」、「発起序(ほっきじょ)」、「重誓偈(じゅうせいげ)」、「念仏」、「和讃 弥陀(みだ)成仏(じょうぶつ)ノコノカタハ」、「回向(えこう)」、「降礼楽(ごうらいがく)」、「退出楽(たいしゅつがく)」
御本典作法
御本典(ごほんでん)(『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』)に記された親鸞聖人のお言葉をご文に依用(えよう)した作法で、1973年に制定されました。音楽法要のなかでは、伝統的な邦楽の響きを意識した曲調となっています。2015年に回向文が加えられました。
【構成曲】「念仏」、「宿縁(しゅくえん)」、「念仏」、「慶喜(きょうき)」、「悲歎(ひたん)」、「念仏」、「敬信(きょうしん)」、「念仏」、「回向文(えこうもん)」
宗祖讃仰作法(音楽法要)
親鸞聖人750回大遠忌(だいおんき)法要の作法として、2008年に制定。「正信念仏偈」に続く「和讃・念仏」では、本願寺の晨朝(じんじょう)勤行と同じく、六首の和讃が唱えられ、回向文(えこうもん)には門信徒に馴染みの深い仏教讃歌「恩徳讃(おんどくさん)(旧譜)」が依用(えよう)されています。
【構成曲】「頂礼文(ちょうらいもん)」、「正信念仏偈」、「和讃・念仏」、「回向文(えこうもん)」
※僧侶の入退堂や登礼盤(とうらいばん)、降礼盤(ごうらいばん)などには、任意の曲が依用(えよう)されます。
音楽法要おしょうしんげ
子ども向けの音楽法要として、蓮如上人500回遠忌(おんき)法要に際して制定。経段部分は、「正信念仏偈」の冒頭二句(帰敬序(ききょうじょ))に依っています。
【構成曲】「入場」、「献灯(けんとう)・献華(けんか)・献供(けんぐ)」、「持念(じねん)」、「登礼楽(とうらいがく)」、「わたくしたちは」、「おつとめ」、「回向(えこう)」、「降礼楽(ごうらいがく)」、「持念」、「退場」
音楽礼拝-正信念仏偈による
西洋音楽によるおつとめとして構成された音楽礼拝(らいはい)。
【構成曲】「敬礼文(きょうらいもん)」、「三帰依(さんきえ)」、「正信念仏偈」、「念仏」、「回向(えこう)」