- 出版社・取扱者 : 東方出版
- 発行年月 : 2015年5月19日
- 本体価格 : 本体1,800円+税
目 次 |
はじめに 「正しい大人」 浄土教の時代 親鸞と同朋 往相還相そして横超 漱石と親鸞 大地とめざめ 同朋と「雑民」 還る責任 おわりに あとがき |
---|
本書では東日本大震災のこと、特に福島第一原発事故の話から、資本主義社会への批判を投げかけている。社会の中で「資本」によって拘束され、それに関わる様々な組織・共同体の中で存在するだけでは、主体的で自由な生き方は不可能であろう。
親鸞聖人が説かれた「れふし・あき人、 さまざまのものは、みな、 いし・かはら・つぶてのごとくなるわれらなり」(『唯信鈔文意』)とは、共同体の中での単なる「仲良しごっこではありません。自由なる個人と個人が同朋となる」ことであるという。今は国や会社、学校という共同体の中でただ守ってもらうという時代ではないだろう。大事なのは共同体の中でも個人として自立して、生きることに関わる全てのことを「わたし」の問題として考えられるかどうかではないか。
本書は浄土真宗という「生き方」を考えさせてくれる。親鸞聖人とその同朋は呪術によって支配された当時の社会そのものを止揚できなくとも、呪術的な支配からは自由であったと著者は述べている。現代を生きる我々は、もしかすると「資本」という呪術に支配されているのかもしれない。
著者は「正しい大人」になることこそが、浄土真宗に還ることであると定義付けている。本当の意味で主体的に自由に生きるとはどういうことなのか?「自分の時間と場を創造し(中略)資本に干渉されない、市場にも貢献しない」ことが、浄土真宗にかなった行いとなっていくのだろう。「非僧非俗」と述べられた親鸞聖人の生き方から、私たちが学ぶべきことは多くある。本書は震災後の世の中を生きる私たちに、考えるきっかけを与えてくれる一冊である。