- 出版社・取扱者 : 祥伝社(祥伝社新書)
- 発行年月 : 2012年4月10日
- 本体価格 : 本体800円+税
目 次 |
1章 歎異抄とわたし 2章 「他力」−身を任せて生きる−自力をたのむ人に救いはない 3章 「悪人正機」−阿弥陀仏の本願−なぜ、「悪人」が救われるのか 4章 「愚禿」−人間、この弱きもの−人は誰も、縁しだいで千人でも殺せる 5章 「非僧非俗」−執着を超えた境地−逆境を活かし、人間らしく生きる 6章 「念仏」−往生へのただ一つの道−名号と己が、一体となる世界を目指して 7章 「信心」−自分の中の自分に出会う−迷いがあるから、私たちは救われる 8章 親鸞一人がためなり−仏の前では誰もが主人公である |
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著者は「南無の会」会長として知られ、長年、宗派を超えた仏教の普及活動に身を挺してきた。自身は臨済宗の僧侶であるが禅に偏らない立場を貫き、浄土真宗についても造詣が深い。
『歎異抄』は親鸞聖人の言葉を収めたものであり、親鸞聖人の教えを知るための書物として広く読まれ、これまで多くの解説書が出版されてきているが、本書は特定の宗派の立場にとらわれず、著者の体験を通じて『歎異抄』を味わったものである。著者と『歎異抄』との本格的なめぐり合いは古く、陸軍で出会った新兵が『歎異抄』を暗んじていたことによる。戦後、戦犯収容所の巣鴨拘置所を慰問したときも、『歎異抄』が話題に上ることが多かったという。先述の通り著者は禅僧であるが、禅の立場に『歎異抄』を引き入れることはせず、広い視野で捉えることに努めている。
なお、本書は1994年に祥伝社より出版された『わたしの歎異抄入門』を、同社が新書として再版したものである。
評者:伊東 昌彦(浄土真宗本願寺派教学総合研究所研究助手)
掲載日:2012年07月10日