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平成論 「生きづらさ」の30年を考える
本の紹介
  • 池上 彰 (いけがみ あきら)
  • 上田 紀行 (うえだ のりゆき)
  • 中島 岳志 (なかじま たけし)
  • 弓山 達也 (ゆみやま たつや)
  • 出版社・取扱者 : NHK出版(NHK出版新書)
  • 発行年月 : 2018年09月10日
  • 本体価格 : 本体780円+税

はじめに(大正大学客員教授 渡邊 直樹)
第1章 世界のなかの平成日本(池上 彰)
第2章 スピリチュアルからスピリチュアリティへ(弓山 達也)
第3章 仏教は日本を救えるか(上田 紀行)
第4章 平成ネオ・ナショナリズムを超えて(中島 岳志)
おわりに(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院院長 上田 紀行)

平成の時代も残すところ数ヶ月となった。本書は、池上彰・上田紀行・中島岳志・弓山達也の各氏が、平成がどのような時代であったのかをふり返る一冊である。

本書を通じて感じるのは、平成期に「集団から個人へ」の傾向が強まったことである。平成の初期にはオウム真理教による一連の事件が発生したが、今ではカルト教団に勢いはない。本書は、そうなった一因として「組織に入ることを嫌う時代性」「教団宗教への無関心や拒絶感」が顕著となったことをあげる。弓山氏によれば、教団ではなくから宗教者個人に注目が集まるようになり、阪神・淡路大震災の際の宗教者のボランティア活動は「教団として」であったが、東日本大震災では多くの宗教者が「個人として」支援活動に入ったという。

また、本書で強調されていることは「生きづらさ」である。ここで言う「生きづらさ」とは「生きることへのむなしさ」と言い換えることができる。カルト教団に加わった人には、そんな「生きづらさ」を抱えた人が多かった。カルト教団に勢いがなくなっても、「生きづらさ」を感じる人が多い状況は変わっておらず、そのような人々はスピリチュアルなものに引き寄せられるようになった。

この「生きづらさ」に対して、宗教が果たすべき役割は大きいと本書は論じている。池上氏は「今はかりそめの人生で、そのあとがまだあると信じていれば、簡単なことでは絶望しないのかもしれません」と語る。また、さまざまなところで「心のケア」が注目されており、東日本大震災で見直されたように、宗教者による追悼も「心のケア」の役割を担っている。

これからの社会のあり方について、上田氏は「人生の複線化」、中島氏は「ブリッジング」が必要と説く。例えば地域社会、町内会のあり方について、両氏は、「町内会がだめなのではなく、町内会しかない社会がだめなのだ。町内会の人間関係が終わると世界が終わってしまうように感じる。そうではなく、町内会にも行っているし、別の日にはNPOにも行っているし、別の日は習いごとで友達がいる」(188ページ)というように、“複数の価値観やコミュニティを掛け持ちする生き方”を意味する。現在の仏教には、世俗と別の価値観を示し、新たな人間関係(これは死者との関係も含む)を結べるようにすることが求められると論じる。

本書は、宗教に注目して時代を論じている。その理由は「平成という時代を、宗教を軸にして語ることが、時代の核心の一つへと迫る行為となる」(196ページ)からである。宗教は社会を動かす大きな要素の一つであり、そして教団も宗教者も時代が必要とするものを模索し提示していくことが求められている、そのように評者には感じられた。


評者:多田 修(浄土真宗本願寺派総合研究所研究員)


掲載日:2018年11月12日