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初期仏教 ブッダの思想をたどる
本の紹介
  • 馬場 紀寿 (ばば のりひさ)
  • 出版社・取扱者 : 岩波書店(岩波新書)
  • 発行年月 : 2018年08月21日
  • 本体価格 : 本体840円+税

はじまりの仏教
第一章 仏教の誕生
第二章 初期仏典のなりたち
第三章 ブッダの思想をたどる
第四章 贈与と自律
第五章 苦と渇望の知
第六章 再生なき生を生きる
ひろがる仏教
あとがき
引用経典対照表/主要参考文献
付記 律蔵の仏伝的記述にあるブッダの教え/図版出典一覧

本書は初期仏教、つまり釈尊(ブッダ)の時代に近い時期の仏教の思想を解き明かそうとした一冊である。

本書で興味深いのは、故・中村元氏の説の再検討がなされていることである。中村氏は仏教研究の世界的な権威であり、その説はさまざまな論者や著書に参照され、多大な影響をあたえている。しかしその後の研究により、中村氏の説も再検討の対象となった。

仏典には、韻文(定型詩)で伝えられたものと、散文(定型詩ではない文章)で伝えられたものがある。中村氏は、韻文文献が先に成立し、それが発展して散文文献が形成されたとみていた。しかし本書によれば、最近の研究では、韻文文献は当初は正統の仏典としての権威がなかったものの教団の内外で流布していたことから、後に仏典の一角を占めるようになったものであって、むしろ阿含経典(大乗仏教以外の仏教諸派に伝えられてきた経典)や戒律の方が原形に近い形を保っているとみられているという。

著者は、初期仏教が目標としたことを「再生なき生」と表現する。人には「未来の生を確実なものにしたいという欲求」(180ページ)すなわち自己存在への執着があり、ここから、死後は生まれ変わってより良い生を目指す考えが生まれた。しかし仏教は、自己存在への執着は苦(思い通りにならない事態)を引き起こすとして、執着を離れることを目標とした。この境地が「涅槃」である。現世で涅槃に到達すれば、もはや生まれ変わりを前提とせず生きることになる。これが「再生なき生」である。なお、涅槃に到達した者が死後どうなるかについて、初期仏教では論ずるにふさわしくないという見解を取っている。

釈尊についてはさまざまな伝承がある。しかし、それらの伝承が、必ずしも実像を伝えているとは限らない。なぜなら、仏教の教えや戒律は、当初は口頭によって伝えられてきたからである。これらが書物の形になったのは、紀元前1世紀以降と見られている。つまり、仏教の原形に迫ろうとしても、数百年後に成立した史料に頼らなければならない。そのため確実な姿を描くことは難しく、多くの研究者が挑み、説が更新されてきた。かつての権威の説も例外ではない。本書は、初期仏教について、現在の説を知るにあたっての入門書にふさわしい。


評者:多田 修(浄土真宗本願寺派総合研究所研究員)


掲載日:2018年10月10日