- 出版社・取扱者 : 創元社
- 発行年月 : 2017年7月20日
- 本体価格 : 本体1,800円+税
目 次 |
序 ブータンことはじめ(熊谷 誠慈) 第I部 ブータンの歴史 第1章 ブータンの歩みをたどる(熊谷 誠慈) 第2章 日本とブータンの交流史―京都大学を中心に(栗田 靖之) 第II部 ブータンの文化 第3章 仏教と戦争―第四代国王の場合(今枝 由郎) 第4章 ブータンの仏教と祭り―ニマルン寺のツェチュ祭(今枝 由郎) 第5章 イエズス会宣教師の見たブータン―仏教とキリスト教(ツェリン・タシ) (今枝 由郎・熊谷 誠慈 訳) 第6章 ブータンの工芸品(ラムケサン・チューペル)(熊谷 誠慈 訳) 第III部 ブータンの社会 第7章 輪廻のコスモロジーとブータンの新しい世代(西平 直) 第8章 ブータンの魅力とGNHの現在―世界はGNH社会を求めるのか(草郷 孝好) 第9章 「関係性」から読み解くGNH(国民総幸福)(上田 晶子) 第IV部 ブータンの自然・環境 第10章 東ブータンの自然と農耕文化(安藤 和雄) おわりに(熊谷 誠慈) |
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ブータンは、ヒマラヤ山脈の南麓に位置し、国土の大きさは日本の九州ほど、人口わずか70万人程度の小さな国である。中国・インドという大国に挟まれ常に難しい舵取りを迫られながらも、チベット仏教の一派であるドゥク派を中心として、GNH(国民総幸福)の理念のもと国家運営されている。2011年3月の東日本大震災から8ヶ月経った11月に、ジクメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュック第5代ブータン国王夫妻が来日し、被災地への慰問、国会演説などの様子が報道され、日本でのブータンに対する関心が高まった。また、本年6月には、秋篠宮家の眞子さまがブータンを公式訪問され話題になったことは記憶に新しい。
本書は、京都大学こころの未来研究センター「ブータン学研究室」で開催されている、一般向け講座や専門家向け研究会において、幅広いテーマで行われた講演や研究発表を、一般の読者を対象にしてまとめられた一冊である。
本書では随所に、ブータンの人々の中に浸透している仏教精神を感じさせるエピソードが、数多く紹介されている。例えば、経済との関わりの中で、資本主義経済の中に身を置いている日本では、「欲望の開発は経済の発達である」という思考回路を持っているが、ブータンでは、「個人の欲望は抑制されるべきだ、執着心を持つことはよくない」という考え方を、彼らが信仰している仏教の中に持っている。そのため、日本の指導により農業技術が向上し、以前の倍のコメが収穫できるようになっても、農民たちは「私は来年の分のコメまで収穫したから、来年は余裕を楽しみ、精神的な生活を送りたい」と言って、より多くの収入を望まないのである。また、宗教的な実践が今日でも日常に組み込まれており、朝起きたら布団の上に座り、30分ほどそこでお経をあげて、じっと瞑想にふけっているという。「人間は常に瞑想しなければならない。心の中を旅することによって、自分がやっていることが、良いことか悪いことかを問いかける必要がある。自分の持っている欲望の善悪について問いかけることが必要だ」という言葉には、ドキッとさせられるものがあり、背筋が伸びる思いがする。
特に注目すべきは、第3章「仏教と戦争―第四代国王の場合」である。仏教国であるブータンが、すなわち仏教徒として殺生を認めないという国家が、2003年にインドのアッサム独立派ゲリラを国外に追放するため、やむをえず戦闘行為に至らざるをえなかったということの事情とその経緯、そして戦後の態度とその後の状況が詳しく紹介されている。この中で、第二次世界大戦時における日本の仏教界のあり方が対比されており、戦争を積極的に肯定した当時の日本仏教界の態度と、「戦争行為を余儀なくされた場合には、国家として存在している以上、もちろんせざるをえないが、いかなる状況でも殺生はやはり許されない」という仏教国の立場を貫いているブータンとは本質的に違うものがあると評されている。是非読んで頂きたい一章である。
その他にも、ブータンの文化や現代社会の問題など、ブータンについて多岐にわたっていろいろと学ぶことができる。ご一読あれ。