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島地黙雷伝 剣を帯した異端の聖
書評
  • 村上 護 (むらかみ まもる)
  • 出版社・取扱者 : ミネルヴァ書房
  • 発行年月 : 2011年4月20日
  • 本体価格 : 本体3,000円+税

序 幕末・明治の維摩
第一章 出自
第二章 萩の城下
第三章 遊学
第四章 僧侶と武
第五章 廃仏毀釈
第六章 外遊と聖地
第七章 僧侶の争い
第八章 家庭と教育
第九章 奥羽の黙雷
終 宗祖に立ち帰れ
参考史料・文献一覧
あとがき
島地黙雷略年譜
人名索引

元来学術的史伝を目的としたものではない同書に対して、学術的書評を加えようなどという野暮な所業を企てても、あまり意味のないことかも知れない。しかし、敢えてそうしたくなるような読み応えのある意欲作であり、厖大な資料を引用する労作である。もとより評者は、黙雷個人についても、幕末・明治維新の時代についても、全くの門外漢であり、とうてい学術的書評などできるものではないが、いささか気の付く点を申し述べたい(単純な誤植や、事実誤認かと思われる部分も少しくあるが、その詳細は省略する)。

読後の所感を総じて言えば、本人の自伝や周辺人物の評に傾き、やや社会的視点が不足している面はあるだろう。しかし、従来の学問的研究が、むしろ社会的評価にのみ傾き、黙雷自身の思想と行動を等閑視して来た面も否定できない。「歴史学研究には、人が見えない」と言われたのは、もうかなり以前からのことである。

いかなる歴史的人物も、時代や社会の制約から全くの自由ではありえない。遁世者としてであれば可能かも知れないが、その場合、歴史的・社会的関わりに背を向け、責任を放棄してしまうことになるであろう。
後代の学者が、歴史的限界を指摘するのはたやすい。しかし、明治維新・廃仏毀釈という激動の真只中にあって、時代の最先端に関わり、大きな影響力を発揮した、そのバックボーンに、真宗僧侶としての揺るぎない信仰があったことの意義を問うた著者の視点には、大いに共感する。著者は次のように指摘する。

黙雷の行動は軽佻浮薄なものでなかった。情勢は目まぐるしく複雑なもの
があったが、彼が拠って立つところはあくまで普遍仏教の教典である。

(128ページ)

黙雷は、明治維新という日本史上超一級の大激変の時代にあって、真宗信仰を基盤に、その時代を切り拓いていこうとした。これに比して、今の私たちの時代は、表面的には平穏な時代で、70年近くにわたって、戦争や内乱のない状態が続いている。しかし、その平穏な表層の裏では、稲作の伝来以来2000年以上おそらく共通していた農村定住型社会という基礎構造が激変しつつあるのが、今日の社会状況である。また、3・11の東日本大震災を契機として、ライフスタイルや価値観の見直しが叫ばれてもいて、別の意味で激動期であるとも言える。

そのような今だからこそ、黙雷の軌跡を辿ることには、大きな意義があり、本書は、それに一つの確かな視座を与えてくれるだろう。


評者:満井 秀城(本願寺教学伝道研究所所長)


掲載日:2011年10月11日