- 出版社・取扱者 : 法蔵館
- 発行年月 : 2000年3月10日
- 本体価格 : 本体1,800円+税
目 次 |
はじめに 1 何のために仏教を学ぶのか−世間とは違う価値観− 2 ほとけの物差しを身につける−その実践方法− 3 自由に生きて幸福になる−「わたし主義」のすすめ− 4 仏教の本当の教えとは−どの仏教解釈が正しいか− 5 釈迦は人間ではない−宇宙仏と分身仏− 6 宗教の恐ろしさ−仏教原理主義のすすめ− 7 いのちはなぜ尊いのか−仏教の人間観・生命観− 8 いのちは誰のものか−現代医学の誤りについて− 9 死をどう考えるか−いのちの布施− 10 浄土とは何か−仏教の死後の世界観− 11 業(カルマン)とは何か−共業(ぐうごう)と不共業(ふぐうごう)− 12 仏教の見方革命−大乗仏教の根本− |
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仏教学栄えて仏教滅びる、といわれてきた。近代化の流れの中で、仏教学は、仏教文献の研究を通して、仏教の思想が科学的合理主義にマッチする点を強調してきたが、それがかえって仏教が科学とはちがった役割を負っていることを見えなくした、とは私の想いだが、このことに真っ向から取り組み、仏教の宗教としての存在意義を明確にしてくれた著作が本書であるといってもさしつかえないであろう。
著者のひろさちや氏は、仏教学の学殖を十二分に備えながら、宗教としての仏教を一貫して説き続けてきているが、それを本書において、「現代の課題に応える」というかたちでさらに明確に発揮した。
氏は、始めに「何のために仏教を学ぶのか」と題する章で、仏教の価値観と世俗の価値観を明確に区別する視点を、彼岸=ほとけの世界、存在価値=ほとけさまの物差しと此岸=娑婆世界、有用価値=人間の物差しで示している。役に立つかどうかではなく、存在しているそのことが価値を持っている、という視点に立つのが仏教だと世俗の価値とはちがった視点を説く。「たとえおまえが犯罪人になっても、お父さんはおまえの味方だ」ということが子どもを救うということである。
ではそのような仏教を身につける実践方法はどうあるべきか。次の「ほとけの物差しを身につける」と題する章では、「仏教は世渡り術ではない」「仏教は道徳ではない」と近代化のなかで、知らず知らず世俗化した仏教の価値観を批判しつつ、「彼岸の実践原理としての礼拝行」と「此岸に流されない行動原理としての懺悔行」を提唱する。すべてをほとけの子として拝むことと生き物を殺す時の「申し訳ない」のこころで生きることを説く。
このように、身近な生活のレベルでの課題に分かりやすく応答して、釈尊の仏教にウエイトを置いてきた近代仏教学をもういちど大乗仏教の宗教性に原点を置いた理解に立ち返るように、宇宙仏や浄土を今日的課題として説き示し、大乗仏教の在家信者の課題解決法は「布施と忍辱」であると結論づけている。
今日われわれが銘記するべき視点が多い書として是非一読をすすめたい。