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近世の仏教 華ひらく思想と文化
書評
  • 末木 文美士 (すえき ふみひこ)
  • 出版社・取扱者 : 吉川弘文館
  • 発行年月 : 2010年7月1日
  • 本体価格 : 本体1,700円+税

近世仏教を見なおす-プロローグ
中世から近世へ
開かれた近世
思想と実践
信仰の広がり
近世から近代へ-エピローグ
あとがき
参考文献

著者末木文美士氏は、仏教研究者であれば、何人も知らぬ人はいないであろう。五大院安然などの個別テーマにおける精密な実証的研究の業績とともに、日本の思想史全般にも目を配る、まさに「木も見て森も見る」超人的研究者の一人である。その氏が、近世の仏教史にいかに切り込むか、待望の書と言ってよい。

辻善之助氏の大著『日本仏教史』以来、近世の仏教は堕落・停滞していたと見られてきた。

強大な幕藩体制の支配下にあって自由な発想が失われ、また支配イデオロギーの一翼を担い、寺檀制度の庇護に安住し、無為・懶惰な生活を送っていたとの評価であり、総じては否定できないところだろう。

しかし一方で、戦国期の戦乱の世の中から、一定程度の安定的な秩序が保たれ、それがたとえ「去勢」されたものではあったとしても仏教各派において学問研究が奨励され、大きな成果が結実したのは事実である。また庶民教化においても、広く民衆一般にまで仏教の教えがひろめられた営為については評価されるべきであり、多数とは言えないまでも、幾人かの研究者によって、これらのことは指摘されて来た。

しかし、今回の末木氏による提言は、そういう個別事象としての営為を照射するというよりも、近世期の仏教を、それ単独の断片として見るのでなく、思想の連続性において評価しようとする試みである。

各時代の思想を、バラバラに分断するのでなく、連続する視点から共通する座標軸を設定し、同一座標軸での関数として捉える方法論である。この視点は、現代の諸事象を読み解く上でも、歴史的に通底する概念をもって理解することとして極めて有益である。私たち一人ひとりが、時代を切り拓いていくための方法論を確立する上で、氏の提言には耳を傾ける必要がある。

その共通する座標軸として氏が指摘するのは、「顕」と「冥」との重層関係(16ページ)であるという。この「顕」と「冥」という二元的世界観が、中世から近世への連続性としては、「世俗」と「宗教」(28ページ。「王法と仏法」に相当するか、評者注)として表象し、近世から近代にかけては「合理」と「非合理」であるという。

氏自身による説明はなく、評者の勝手な思いこみに過ぎないが、私という個人の主観的内面の上にも、「ジキル」と「ハイド」のような二面性、ごく一般的には「理性」と「感情」という二面性があり、私一人の上に貫徹している、この二面性は、歴史全体の事象にも貫徹していると見ることができるのでないか。評者の想像に過ぎないが、氏は、自己を見つめる中から、この理論を抽出したのではないかと思われ、それが強い説得力となっている理由だろう。


評者:満井 秀城(本願寺教学伝道研究所所長)


掲載日:2010年9月10日