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NHK「100分de名著」ブックス ブッダ 真理のことば
書評
  • 佐々木 閑 (ささき しずか)
  • 出版社・取扱者 : NHK出版
  • 発行年月 : 2012年6月25日
  • 本体価格 : 本体1,000円+税

はじめに “苦悩”の時代に読みたい経典
第1章 生きることは苦である
第2章 恨みから離れる
第3章 執著を捨てる
第4章 正しいものの見方
対談 佐々木閑×藤田一郎 世の中の在り方を正しく見るために
読書案内
ブッダ略年譜
あとがきにかえて−科学と仏教の接点

ブッダの説いた原初の教えの中から『ダンマパダ』(真理の教え)をとりあげ、現代社会に有効と思われる言葉を簡略に紹介した著作である。東日本大震災という大災害に見舞われ、精神的にも経済的にも深刻な閉塞感に覆われている日本の現況において、文明の力では解決のできない「心の拠り所」をブッダの言葉のなかに探っている。

本書では、29歳で王子の地位を捨て、出家したブッダが覚った真理を、大きく4つにまとめている。

第一に「生きることは苦である」、という認識を持つこと。人間の誰もが向き合わねばならないのは「老いること」「病むこと」「死ぬこと」の苦しみだが、これらの苦しみがもたらす絶望感をどう克服したらよいのか。それをブッダは自分自身の心のなかの煩悩を断ち切ることによって精神的平穏を獲得することができる、と説く。すなわち、あるがままの事実を、自分の心の在り方、ものの見方を変えることによって受け入れるのが、この世の苦しみから脱却するための唯一の道だ、ということである。

第二に「恨みから離れる」ということ。生きている途上で味わう苦しみの因は、煩悩にある。煩悩とは、種々の愛慕や快楽であって、それらのおおもとにあるのは「無明」、すなわち「愚かさ」「智慧の無さ」である。この無明は学識の有無とはかかわりなく、物事を正しく合理的に考える力の欠除を意味する。人への恨みつらみも、この無明から生まれるものだが、すべてはうつろう、という認識を持つように自分を変革してゆくのがブッダ説く道である。また、神のような超越的存在を認めず、世界を原因と結果の機械論的因果則でとらえるブッダの思考は、脳科学や理論物理学と重なる、と著者は指摘する。

第三に「執著を捨てる」。無明のもとには、さらに「自我」というものに対する誤った認識がある。自分を中心とする世界観は人間に執著をもたらす。物事への執著は欲望を増大させ、ますます自分を苦しめることになる。したがって、実は「自分などどこにもない」ということを自覚すれば、無明がもたらす災いから抜け出すことができる。東日本大震災の原子力発電所の事故も、無明と執著の引き起こした惨事であった、と著者は述べている。

第四に「正しいものの見方」をすること。ブッダの説く仏教の最大の特徴は、自己鍛錬のシステムである。神秘的な力や存在を信じず、生きて行くうえでの苦悩をあくまで自分自身の中の問題と考え、自己改良の中に解決策を求めるのがブッダの教え、ということである。その鍛錬は、精神集中のみにあり、瞑想によって自己改良がなされてゆくと説く。

当初、科学を志したという著者は、ブッダの説く仏教(釈迦の仏教)が、脳科学のような先端分野とのコラボレーションの可能性を秘めている、という視点から、脳科学者の藤田一郎との対談も収録、また読書案内も収載されている。

現代社会における「心の病院」(苦痛の治癒)としての仏教を知るための手引書と言えよう。


評者:丘山 新(浄土真宗本願寺派総合研究所副所長、同東京支所長)


掲載日:2012年12月10日