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鎌倉仏教への道 実践と修学・信心の系譜
書評
  • 菊地 大樹 (きくち ひろき)
  • 出版社・取扱者 : 講談社
  • 発行年月 : 2011年11月10日
  • 本体価格 : 本体1,600円+税

序章
第一章 優婆塞仏教の系譜
第二章 成熟と分裂−寺院社会の「出世」と「出世間」
第三章 実践と修学をつなぐモノ−経典信仰の諸相
第四章 信心の地平−夢想と観想
第五章 信心のゆくえ
終章
主要参考文献目録
図版出典
あとがき
索引

真夜中から読みはじめ、夜が白んだ頃、ようやく鎌倉仏教の遙かな山脈の眺望が開けてきた。中世的なリアリティーの世界は、夢中で問うことではじめて感得されるものであることを実践的に学んだ一夜であった。キーワードはサブタイトルにあるごとく、実践と修学と信心、この三者が統一された営みの中に鎌倉仏教への道が開けてくる。著者の菊地大樹氏は、日本宗教史、特に中世仏教史に関する研究を専門とする歴史学者であり、中世の山林修行者よろしく大峰山系をバイクで回峰するライダーである。

中世仏教といえば、誰しもまずは法然・親鸞・道元・日蓮・一遍といった現代日本における仏教教団の祖師たちを思い起こすことであろう。著者によれば、日本仏教史の系譜を山脈に例えた場合、彼らはその頂点=ピークに位置づけることができるというのだが、本書の目的はピークそれ自体を描き出すことではなく、その尾根筋を古代にまで遡り、中世仏教のピークに至る歴史的系譜を明らかにすることにあるという。

近代以降の仏教研究者の多くは、教理と文献読解に基づく主知的・理知的アプローチによって、頂点的思想家たちの著作を個別的に読み込むことを中心として鎌倉仏教に挑んできた。著者はその点に方法論的な反省をうながし、このような祖師たちのピークを支えている、著作を残さなかった古代・中世の大多数の修行者や信者たちの個別的・実践的な修行に光をあてることによって〈鎌倉仏教への道〉を浮かび上がらせようとする。在家の仏教帰依者(優婆塞)たちの経典の読誦や暗唱、仏教儀礼の体得、大乗戒に基づく浄行。寺院社会における教学と実践、世間と出世間の往来、分裂、統一の諸相。院政期以降顕著となる聖(ひじり)・聖人たちの智と徳を兼ね備えた多面的な活動実践。様々な歴史資料を丹念に読み解くことにより、堅実で説得力ある歴史学的方法論の醍醐味がいかんなく発揮され、鎌倉仏教に至るリアリティーある世界の再構築がなされている。

また、本書の後半では、修学と実践を統合するものとして、西欧的な宗教観から導き出される「信仰」とは異なる、中世的な「信心」の様態が明らかにされる。このような「信心」の営みは、鎌倉新仏教の祖師たちだけでなく既成仏教(旧仏教)としての顕密仏教に通底しうる中世固有の宗教的心性であり、夢想や夢告といった前近代的な宗教民俗世界の存在を前提としたものであるとして、慈円、法然、親鸞、熊谷直実などの具体例をもとに興味深い分析がなされている。

なお、鎌倉仏教への道をじっくり徒歩でたどりたい方には、同じ著者の『中世仏教の原形と展開』(吉川弘文館、2007年)をぜひお薦めしたい。


評者:西本 照真(武蔵野大学教授)


掲載日:2012年03月12日