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池上彰の宗教がわかれば 世界が見える
書評
  • 池上 彰 (いけがみ あきら)
  • 出版社・取扱者 : 文藝春秋(文春新書)
  • 発行年月 : 2011年7月20日
  • 本体価格 : 本体800円+税

第1章 宗教で読み解く「日本と世界のこれから」
〜東日本大震災・ビンラディン殺害・中東革命
第2章 宗教がわかる!
ほんとうに「葬式はいらない」のですか?
vs.島田裕巳(宗教学者)
第3章 仏教がわかる!(1) 
「南無阿弥陀仏」とはどんな意味ですか?
vs.釈徹宗(浄土真宗本願寺派如来寺住職)
第4章 仏教がわかる!(2)
仏は「生・老・病・死」を救ってくれますか?
vs.高橋卓志(臨済宗神宮寺住職)
第5章 キリスト教がわかる!
「最後の審判」は来るのですか?
vs.山形孝夫(宮城学院女子大学名誉教授)
第6章 神道がわかる!
日本の神様とはなんですか?
vs.安蘇谷正彦(國學院大学前学長)
第7章 イスラム教がわかる!
『コーラン』で中東情勢がみえますか?
vs.飯塚正人(東京外国語大学教授)
第8章 宗教と脳がわかる!
「いい死に方」ってなんですか?
vs.養老孟司(解剖学者)
おわりに 宗教は「よく死ぬ」ための予習

昨今、テレビで活躍する池上彰氏が、宗教界から6人の人々と、さらに解剖学者の養老孟司氏との対話をまとめたものである。宗教は「よく死ぬための予習」で、この本はその入門書である、というのが池上氏の眼目とするところ。最終章の養老孟司氏の「死んだらおしめえよ」の一言は痛快で、6人の賢者たちのそれぞれの宗教観、生死観を突き抜けて、100%の致死率という自明さを語って興味深い。

ともあれ、池上氏自身の「宗教で読み解く<日本と世界のこれから>」を第1章に、まずは『葬式は、要らない』で大ブレイクした島田裕巳氏との対話。戒名やその値段から、葬式仏教と言われる寺の現状を告発したものだが、最近増えている直葬に触れつつ、現代人には死への恐れが薄くなりつつあると言う。一方で、若者たちに流行っている「パワースポット」巡りの中に宗教的なものへの関心が強くなっていることを指摘。また。無宗教と言われる日本人が実は、神仏への祈りや参拝を自然に行っていることに、他の宗教とはことなる自然な宗教心があるとも語っている。

浄土宗本願寺派如来寺住職、釈徹宗氏は仏教には世界の始まりから宇宙の終わり、といった問題を基本的に語らないことが特徴であり、したがって実践主義的な宗教であるとする。人類の智慧の結晶であるから、経験則、臨床事例、心身のメカニズム、自己分析、他者観察によって、信心がなくとも納得できる活用可能な宗教であると説くのが興味深い。

臨済宗神宮寺住職、高橋卓志氏は、世襲制の寺の在り方への疑問とともに、寺を新たな地域の拠点とすべきだと語る。人の生老病死の苦しみによりそうケアや福祉を実践する、行動する住職としての在り方は、これからの寺の在り方への問題提起となっている。

キリスト教について語るのは宮城学院女子大学名誉教授の山形孝夫氏。ユダヤ教からイエスが現れ、キリスト教を生み出した背景に触れつつ、イエスの「神の国運動」を指摘。イエスを、今で言えばすぐれた精神科医、冤罪に苦しむ人や弱者のため命をかけて闘う人権派の弁護士のような存在で、そこにこそ宗教にとって本質的な癒しの役割への集中があると語る。また、イエスの言う「愛」とは哀しみを知る事に限りなく近い、という言葉も深い。

國學院大学前学長、安蘇谷正彦氏は神道における神を、まずは祖先の霊、そして自然だ、と言う。キリスト教やイスラム教の一神教とは異なる「八百万の神」の有りようは、自然の多様性に基づくというわけである。神道は寛大な宗教で、教えを統一する、という発想がない、したがってペナルティがない、というのも面白い。

東京外語大学教授の飯塚正人氏は、イスラム教もユダヤ教もキリスト教も唯一絶対の神がこの世を創ったという創造神が存在するが故に、「同じ神様を信じている」意味でこの三つを並列とする。コーランはムハンマドが語る神の言葉からなるものだが、いろいろ矛盾することを言うのも、状況に応じて理解すれば良いとなる。また9・11にも触れており、自爆テロがなぜ起きるかについても判りやすく解説している。

冒頭で紹介した養老孟司氏は、日本人には仏教的な「無」が刷り込まれているがゆえに、無宗教となるのだ、と語る。一神教の神とは違うし、という消去法でいくと無宗教となるのだが、その意味で、日本は宗教から自由な国なのである。宗教的な軽さが日本人の良さだ、というのも頷ける発言である。

池上氏の「宗教はよく死ぬための予習である」という宗教観が適切かどうか、また書名に掲げられた「宗教がわかれば世界が見える」ようになっているかどうかは別として、本書を通じて、それぞれの宗教や宗派が現代的になにを課題としているのかが、簡潔に見えてくる。


評者:丘山 新(東京大学教授)


掲載日:2011年12月12日