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日本の民俗宗教
書評
  • 松尾 恒一 (まつお こういち)
  • 出版社・取扱者 : 筑摩書房(ちくま新書)
  • 発行年月 : 2019年11月10日
  • 本体価格 : 本体880円+税

はじめに
I 仏教伝来と天皇(古代)
 第一章 仏教伝来以前―天皇と稲の祭り
 第二章 鎮護国家の仏教と列島の景観
II 浄土への希求、国難と仏教・神道(中世)
 第三章 民衆の仏教への変容
 第四章 中世の仏教、神仏習合と八幡信仰
III キリスト教と仏教東漸(近世)
 第五章 日中・日蘭交易と信仰―江戸時代の文化
 第六章 キリスト教の衝撃
IV 伝統となった「民俗文化」(近代)
 終章 民俗宗教―「文化財」への道
あとがき
参考文献

宗教を伝えるのは誰か。僧侶などの宗教家がまず連想されるが、それがすべてではない。確かに、宗教家は教義を伝え、儀礼を行う。しかし、地域の祭礼や季節の行事、その他日常的に行われる宗教的な活動は、むしろ一般の人々(仏教で言う「在家」)が主な担い手である。また、宗教家が伝える教義と別に、一般の人々の間に広まっている宗教的な思想が存在する。本書は、そのような民俗宗教の歴史をたどった一冊である。

評者にとって興味深く感じたのは、「あとがき」で紹介されている、以下のエピソードである。
   私は、大学での宗教・信仰をテーマとする講義で、看護師をしている一人の社会人
  学生を教えたことがある。彼女は、神も仏もいないと公言していた重篤な患者が、夜
  間病室で一心に念仏を唱えているのを目撃したのを忘れられないという。(275ページ)

宗教的な思想は、専門の宗教家から離れたところでも、社会に広く存在してきた。これは、古い時代も現代も同様である。

ともすれば、宗教家が民俗宗教を程度が低いかのように思っている例が見受けられる。しかし、宗教を伝えるのは宗教家だけではない。宗教家でない人々もまた、宗教を伝える担い手である。その役割は軽視されてはならないと感じられる。


評者:多田 修(浄土真宗本願寺派総合研究所研究員)


掲載日:2020年1月10日