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心を弘誓の仏地に樹て

慶ばしいかな、心を弘誓(ぐぜい)の仏地(ぶつじ)に樹(た)て、念を難思(なんじ)の法海(ほうかい)に流す

(「顕浄土真実教行証文類」『註釈版聖典』473頁)

現代語訳

我欲にとらわれてばかりで、仏さまのような智慧と慈悲をそなえた眼(まなこ)は私たちには無いけれど、心配しなくていいんだよ、我執に充ちた私と気づいたとき、苦海の闇で惑う私たちを、阿弥陀さまの願いの船が、かならず私を乗せて浄土へみちびいてくださる。まるで、暗闇にともる灯台の灯火(あかり)のように。

 

まことによろこばしいことである。心を本願の大地にうちたて、思いを不可思議の大海に流す
(同『現代語版聖典』645頁)

 

数年前テレビで、宇宙飛行士が船外活動をしている映像を見ました。その宇宙飛行士は片方の手で宇宙船の取っ手を掴みながら、もう一方の空いた手で窮屈そうに作業をしていました。一般的なイメージとして、宇宙空間は重力に縛られない自由な世界であって、この地球上は重力に縛られた不自由な世界であると思われているのではないでしょうか。しかし実際は逆なのです。宇宙空間のようなところでは何かの拍子で宇宙船から離れてしまうと、自分の力ではもう戻ることができません。もちろん命綱はつけているでしょうが、基本的には自分の力で取っ手を掴んでいないと安心して何もできないのが宇宙空間です。一方、私たちが暮らすこの地球上では、大地がしっかりと私を繋ぎとめていてくれるので、両手を離しても安心して自分の力で自由に様々なことに取り組むことができるのです。

私たちが生きていく上でも、確かなものに間違いなく支えられているという実感が実はとても大事なのです。その安心感があるからこそ、本当の意味で自立をして生きて行くことができるのです。「心を弘誓の仏地に樹て」というお言葉は、まさに親鸞さまご自身が、阿弥陀さまの広く大きなご本願の大地に確かに支えられているというよろこびを述べられたものなのです。

 

文・芝原弘記
2014(平成26)年3月