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無明長夜の灯炬なり

無明長夜の灯炬なり 智眼くらしとかなしむな 生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ

(「正像末和讃」『註釈版聖典』606頁)

現代語訳

我欲にとらわれてばかりで、仏さまのような智慧と慈悲をそなえた眼(まなこ)は私たちには無いけれど、心配しなくていいんだよ、我執に充ちた私と気づいたとき、苦海の闇で惑う私たちを、阿弥陀さまの願いの船が、かならず私を乗せて浄土へみちびいてくださる。まるで、暗闇にともる灯台の灯火(あかり)のように。

 

長いトンネルを通ると、いつまでこの中にいるのだろう。もしかしたらもう抜けられないかも。出られなかったらどうしよう?なんて思ったこと、ないですか?

人生も同じですね、辛い時には、だれも分かってくれないと感じたり、また、もしかしたら一生このままじゃないのかと、暗い闇につつまれたまま、途方に暮れたことって、ありませんでしたか。

でも、そんな暗い闇を、明るく照らしてくれる大きな灯火(ともしび)が、実はこの世にあるのです。その灯火に気がついたとき、誰かが私のそばにいてくれると感じる、ひとりじゃないんだと安堵する。そして、その灯火を求めて歩み出そうとするとき、なぜかしら、我が進む道に安らぎを感じる、もう暗い道じゃないんだと気がつく。その灯火に向かってしっかり脚を踏み出し、暗闇を歩けるような気がする。

その灯火は、私に寄り添い「元気になって」と照らしづけてくれるのです。

その光とは「阿弥陀さま」という仏さまの光です。阿弥陀さまは、いつでも何処でも私に寄り添ってくださる心のよりどころとなる仏さまです。

阿弥陀さまと共に歩ませていただける人生があるのですと、親鸞さまはそう教えてくださいました。

 

 

文・田中真
2014(平成26)年3月