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前に生まれんものは

前(さき)に生れんものは後(のち)を導き、後(のち)に生れんひとは前(さき)を訪(とぶら)へ

(「教行信証化身土巻」『註釈版聖典』474頁)

現代語訳

前に生まれたものは後のものを導き、後に生れるものは前のもののあとを尋ね

(『現代語版聖典』646頁)

 

私はお寺に生まれました。でも、小さい頃は取り立てて理由もなかったのですが、お寺を好きになれませんでした。それを知ってか、両親も無理矢理に何かお寺のことをさせるということはありませんでした。ですが、小学校高学年の頃だったでしょうか、今からある方がお参りに来られるから私も本堂に来るように、と母から言われました。不思議に思いながら本堂へ行くと、年配の女性が一人合掌されている姿が見え、さらに少し近づくと女性の鼻に透明な管があることに気づきました。その女性は、ご病気で外出時には酸素ボンベが手放せない方だったのです。それほど大きなボンベではなかったと思いますが、お経が終わり、タクシーが到着していたにもかかわらず、女性は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とお念仏することをやめられませんでした。

私は、今まで様々な方法でたくさんの事柄を教わり、そのことを今度は我が子や後輩たちに伝えようとしています。どのような方法が最善であるかはその時その時で異なるでしょうが、その女性の姿が「なぜ念仏するのか」、「なにがそうさせているのか」といった疑問を私に投げかけ、私をお寺や阿弥陀さまの教えに向き合わせるきっかけとなりました。ですから私も、子どもや周りの方々が阿弥陀さまの教えに気づいていただけるような、そのような姿を見せられるように、日々の生活を送りたいと思います。

 

文・岡崎 秀麿
2014(平成26)年3月