Ⅳ-0357敎行信證大意 抑高祖聖人の眞實相承の勸化をきゝ、そのながれをくまんとおもはんともがらは、あひかまへてこの一流の正義を心肝にいれて、これをうかゞふべし。しかるに近代はもてのほか、法義にも沙汰せざるところのをかしき名言をつかひ、あまさへ法流の實語と號して一流をけがすあひだ、言語道斷の次第にあらずや。よくよくこれをつゝしむべし。しかれば、當流聖人の一義には、敎・行・信・證といへる一段の名目をたてゝ一宗の規模として、この宗をばひらかれたるところなり。このゆへにⅣ-0358親鸞聖人、一部六卷の書をつくりて『敎行信證文類』と號して、くはしくこの一流の敎相をあらはしたまへり。しかれども、この書あまりに廣博なるあひだ、末代愚鈍の下機にをひてその義趣をわきまへがたきによりて、一部六卷の書をつゞめ肝要をぬきいでゝ一卷にこれをつくりて、すなはち『淨土文類聚鈔』となづけられたり。この書をつねにまなこにさえて、一流の大綱を分別せしむべきものなり。その敎・行・信・證・眞佛土・化身土といふは、第一卷には眞實の敎をあらはし、第二卷には眞實の行をあらはし、第三卷には眞實の信をあらはし、第四卷には眞實の證をあかし、第五卷には眞佛土をあかし、第六卷には化身土をあかされたり。 第一に眞實の敎といふは、彌陀如來の因位・果位Ⅳ-0359の功德をとき、安養淨土依報・正報の莊嚴ををしへたる敎なり。すなはち『大无量壽經』これなり。總じては三經にわたるべしといへども、別しては『大經』をもて本とす。これすなはち彌陀の四十八願をときて、そのなかに第十八の願をもて衆生生因の願とし、如來甚深の智慧海をあかして、唯佛獨明了の佛智をときのべたまへるがゆへなり。 第二に眞實の行といふは、さきの敎にあかすところの淨土の行なり。これすなはち南无阿彌陀佛なり。第十七の諸佛咨嗟の願にあらはれたり。この名號はもろもろの善法を攝し、もろもろの德本を具せり。衆行の根本、萬善の總體なり。これを行ずれば西方の往生をえ、これを信ずれば无上の極Ⅳ-0360證をうるものなり。 第三に眞實の信といふは、かみにあぐるところの南无阿彌陀佛の妙行を眞實報土の眞因なりと信ずる眞實の心なり。第十八の至心信樂の願のこゝろなり。これを選擇廻向の直心ともいひ、利他深廣の信樂ともなづけ、光明攝護の一心とも釋し、證大涅槃の眞因とも判ぜられたり。これすなはちまめやかに眞實の報土にいたることは、この一心によるとしるべし。 第四に眞實の證といふは、さきの行信によりてうるところの果、ひらくところのさとりなり。これすなはち第十一の必至滅度の願にこたへてうるところの妙悟なり。これを常樂ともいひ、涅槃ともいひ、法身ともいひ、實相ともいひ、法性ともいひ、眞如ともいひ、一如ともいへる、みなこのさⅣ-0361とりをうる名なり。もろもろの聖道門の諸敎のこゝろは、この父母所生の身をもて、かのふかきさとりをこゝにてひらかんとねがふなり。いま淨土門のこゝろは、彌陀の佛智に乘じて法性の土にいたりぬれば、自然にこのさとりにかなふといふなり。此土の得道と他土の得證とことなりといへども、うるところのさとりはたゞひとつなりとしるべし。されば往生といへるも、實には无生なり。この无生のことはりをば、安養にいたりてさとるべし。そのくらゐをさして眞實の證といふなり。 第五に眞佛土といふは、まことの身土なり。すなはち報佛・報土なり。佛といふは不可思議光如來、Ⅳ-0362土といふは无量光明土なりといへり。これすなはち第十二・第十三の光明・壽命の願にこたへてうるところの身土なり。諸佛の本師はこれこの佛なり。眞實の報身はすなはちこの體なり。 第六に化身土といふは、化身・化土なり。佛といふは、『觀經』の眞身觀にとくところの身なり。土といふは、『菩薩處胎經』にとくところの懈慢界、また『大經』にとける疑城胎宮なりとみえたり。これすなはち第十九の修諸功德の願よりいでたり。たゞしうちまかせたる敎義には、『觀經』の眞身觀の佛をもて眞實の報身とす。和尙の釋、すなはちこのこゝろをあかせり。眞身觀といへるその名あきらかなり。しかるにこれをもて化身と判ぜられたり、常途の敎相にあらず。これをこゝろうるに、『觀經』の十三觀は定散二善のなかの定善なり。かⅣ-0363の定善のなかにとくところの眞身觀なるがゆへに、弘願に乘じ、佛智を信ずる機の感見すべき身に對するとき、かの身はなを方便の身なるべし。すなはち六十萬億の身量をさして分限をあかせる眞實の身にあらざる義をあらはせり。これによりて聖人、この身をもて化身と判じたまへるなり。土は懈慢界といひ、また疑城胎宮といへる、そのこゝろをえやすし。ふかく罪福を信じ、善本を修習して、不思議の佛智を決了せず、うたがひをいだける行者のむまるゝところなるがゆへに、眞實の報土にはあらず。これをもて化土となづけたるなり。これわが聖人のひとりあかしたまへる敎相なり。Ⅳ-0364たやすく口外にいだすべからず。くはしくかの一部の文相にむかひて、一流の深義をうべきなり。 さればこの敎・行・信・證・眞佛土・化身土の敎相は、聖人の己證、當流の肝要なり。他人に對して、たやすくこれを談ずべからざるものなり。あなかしこ、あなかしこ。 文明九年W丁酉R十月廿七日 至巳剋淸書之訖 六十三歲在御判 みなひとの まことののりを しらぬゆへ ふでとこゝろを つくしこそすれ 右斯書者、先師存覺所集給を、或略或加詞者Ⅳ-0365也。顯露不可披露之、一身之上爲覺悟計者也。 延德元年十月廿日 七十五歲御判