Ⅵ-0017法然聖人御消息 御文よろこびてうけたまはり候ぬ。まことにそのゝちおぼつかなく候つるに、うれしくおほせられて候。たんねんぶつのもん、かきてまいらせ候、ごらん候べし。念佛の行は、かの佛の本願の行にて候。持戒・誦經・誦呪・理觀等の行は、かの佛の本願にあらぬをこなひにて候へば、極らくをねがはむ人は、まづかならず本願の念佛の行をつとめてのうへに、もし□…□おこなひをも□…□しくはへ候はむとおもひ候はゞ、さもつかまつり候。又たゞ本願の念佛ばかりにても候べし。念佛をつかまつり候はで、たゞことおこなひばかりをして極樂をねがひ候人は、極樂へもえむまれ候はぬことにて候よし、善導和尙のおほせられて候へば、たん念佛が決定往生の業にては候也。善導和尙は阿彌陀化身にておはしまし候へば、それこそは一定にて候へと申候に候。又女犯と候は、不婬戒のことにこそ候なれ。又御きうだちどものかんだうと候は、不瞋戒のことにこそ候なれ。されば持戒の行は、佛の本願にあらぬ行なれば、たへたらんにしたがひて、たもたせたまふべくⅥ-0018候。けうやうの行も佛の本願にあらず、たへんにしたがひて、つとめさせおはしますべく候。又あかゞねの阿字のことも、おなじことに候。 又さくぢやうのことも、佛の本願にあらぬつとめにて候。とてもかくても候なん。又かうせうのまんだらは、たいせちにおはしまし候。それもつぎのことに候。たゞ念佛を三萬、もしは五萬、もしは六萬、一心にまうさせおはしまし候はむぞ、決定往生のおこなひにては候。こと善根は、念佛のいとまあらばのことに候。 六萬べんをだに一心に申せたまはゞ、そのほかにはなにごとおかはせさせおはしますべき。まめやかに一心に、三萬・五萬、念佛をつとめさせたまはゞ、せうせう戒行やぶれさせおはしまし候とも、往生はそれにはより候まじきことに候。たゞしこのなかにけうやうの行は、佛の本願にては候ねども、八十九にておはしまし候なり。あひかまへてことしなんどをば、まちまいらせさせおはしませかしとおぼへ候。あなかしこ、あなかしこ。ことごとは、いかでもおはしまし候はむに、くるしく候はず。たゞひとりたのみまいらせておはしまし候なるに、かならずかならず、まちまいらせさせおはしますべく候。謹言。 五月二日■源空[拜] Ⅵ-0019武藏國熊谷入道殿御返事